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アナログライフ
2012.01.15(Sun)
午前中は少し陽もさしたけれど、午後からは曇りの一日。
インターネットから距離をおいて過ごす。こういうアナログな日も必要だ。 アナログということで、パソコンを使わずにする授業準備はノート作り。資料をめくってノートに書き込む。今日のは現代俳句。 この俳句の授業をする予定の高2のクラスで、去年短歌の授業をしたとき、はじめて韻文を授業で扱うおもしろさを感じた。細々ではあるものの「国語の先生」を始めてもうすぐ10年になろうとしているけれど、ようやく少しだけ「分かってきた」のかもしれない。 自作することはないものの、詩を読むのは好きだし、好きな歌人や俳人だっている。しかし、自分が好きなのと教えるのとはまた別な話だったんです。(だからこそ「国語の先生」が向いていないとも思うこともしばしばあるのです。) だから、去年短歌の授業をわたし自身が楽しめたのは凄く嬉しかった。 そんなふうに、教員自身も生徒に育てられてゆく。幸せなことだと思う。 夜になって、昨日買った柴崎友香『フルタイムライフ』(河出文庫)を読む。 読後、そのタイミングを知っていたかのように、髭面の乙女から電話。 最近は長話をしていなかったのだけれど、今夜は2時間ほど話しこんだ。彼からまたおもしろい本や音楽の話を聞き、これからの楽しみが増える。 普段から電脳生活にストレスを感じるほどの電脳生活を送っているわけでもないし、仕事上デジタルなものの恩恵は多分に受けていてもアナログな部分もかなりの割合を占めるし、わたしの場合はさほど意識することでもない。しかし、自分でコントロールしているという実感は持っておくべきなのだろうとは思う。 |
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そわそわとねぎらい
2012.01.13(Fri)
明日はセンター試験。そして中学入試。
そんなわけで職場3はどうにも落ち着かない雰囲気だった。 高三の緊張や不安も伝わるし、彼女たちを指導してられる先生方もそう。ずっと受験指導をしてられるベテランの先生もさすがに放課後に「ようやくセンターまでこぎつけた」の一言をもらしていた。実際は、これから私大の一般入試が始まるし、国公立大の二次試験も来月末にあるので、気は抜けないけれど、それでも一つの区切りではある。 わたしは高三の選択授業(国語表現)担当で主に小論文を指導しているので、忙しさのピークは2学期だった。他の方は、これからさらに忙しくなる。 でも、センター前日の今日は生徒達の健闘を祈りつつ、高三担当の教員同士でここまでの労を互いにねぎらった。そして、気合いを入れ直したのでした。 うちの生徒も、よその受験生も、結果は受けてみないと分からないけれど、精一杯の力で臨んでもらいたいなあ。みんな頑張れ! |
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開かれたところ
2012.01.10(Tue)
![]() 14時14分撮影。 暖かな一日だった。 午前中はお客用の布団を干したりシーツ類を洗ったりした。 部屋を片付けるとか、(たいしたことはできなくても)人をもてなすとか、こういう生活の基本的なことをきちんとするというのは自分自身を整えることになるのだと実感する。わたしの場合、ひとりだとついついそういうところがいい加減いなってしまうから、そう感じるのだろう。 これはお客を迎えることだけではなく、家族と暮らす場合でも同じことが当てはまりそうだ。 夕飯の支度をしながら流していたNHKの番組で、室井滋さんが「新しい家族」のありかたについて話をしているのを聞いて、昼間に布団を取り込みながら考えたことを反芻した。 すべて自分だけで完結する閉じているよりも、他者に開かれたところがあるほうがいい。 ――なんだか書きたいことがうまくまとまらない。これは書く習慣をおろそかにしてしまっていたからだろう。一昨日、久しぶりに会った友人が「ギターがうまくなるには、あきらめないでちょっとでも弾き続けることだ」と言っていたけれど、文章を書くこともやはり同じだ。 |
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2011年から2012年へ
2011.12.31(Sat)
もうすぐ年も改まり、2012年を迎えます。
今年は三月に東北で大きな震災と福島の原発の事故が起きました。 時は流れてもうすぐ一年を迎えることになります。様々なことが少しずつ前へ進んでいるとはいえ、依然としてあの日のままのものがたくさんあります。この未曾有の国難を受けて、それぞれの人がそれぞれに自分の力やできることについて多くのことを考えてきたのではないでしょうか。 わたし自身にできることといえば、ごくわずかなことしかありません。しかし、それを継続することで誰かの役に立てるのだと考えています。そして、何より「忘れない」ことこそが大事なのだとも考えています。 決して遠くで起きた他人事ではないのですから。 日本の国内だけではなく、国外でも大きな出来事がたくさん起こり、決して穏やかであるとは言えません。この2010年代は、これからをどう生きるかということを我々ひとりひとりが本当に問われる時代なのでしょう。 だから、見ること、聞くこと、考えることから逃げてはならないと思います。 今年は、わたし個人にとっても大きな変化の年でした。再出発の年。 新たな挑戦の機会を与えてくださった方やそれを応援してくださる方、家族、友人――様々な人に支えられていることを強く実感しました。 特に、やっと戻ることのできた研究のことでは、授業のことにしろ発表や論文のことにしろ、本当に恵まれていました。偶然のことが要因としてあるにしても、駈けだしで実績もろくにないわたしに手を差し伸べてもらえたのは、羽海野チカさんが言うように「私がもう1回返せるものがあると見込んだから、声かけてくれたんであって」ということなのだと肝に銘じて過ごしました。 かけてもらった期待にどのように応えていくかが、来年からのわたしの大切な課題です。 今年は本格的にランニングをするようになり、神戸マラソンと奈良マラソンで10kmを走りました。 ギターも少しだけ練習し始めました。 新たな充実感を感じることができたのも幸せなことです。 高野さんのライブをたくさん体験できたことも幸せなことでした。 一年間に出かけた回数としては、今までで一番多い十回。様々なハプニングも、出会いも、ときめきもすべて大切なものとなりました。来年も心の震える素敵な音楽を。 東北の震災のこともあり、個人的な出来事もあり、人の生死のことについても時間をかけて考えた年でもありました。過去は戻らないからこそ、今をどうするか。自分の触れられる、ぬくもりを感じられる大切な人のために何ができるか。自分の姿勢を決められたことで、今年は大きな節目となりました。 2011年、いいことが多かった人にも、つらいことが多かった人にも、2012年にいいことがたくさんありますように。どうか穏やかに素敵な一年を迎えられますように。本当に心から祈ります。 それでは、みなさんよいお年を! |
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万博公園と太陽の塔
2011.12.25(Sun)
東から遊びに来た友人の訪ねたい場所というのが万博公園だったので、久しぶりに出掛けた。
前に行ったのはウメサオタダオ展のときだから、半年ぶりのことだ。 風の強い万博公園は寒かったけれど、ぴかぴかに晴れていた。 宮沢賢治の話で一番好きな「雪渡り」の一節「空も冷たい滑らかな青い石の板で出来ているらしいのです。」を思い出し、よく言ったものだなあなんて感心したりしていた。それくらいの快晴。 EXPO'70パビリオンと国立民族学博物館をのんびり巡っているうちに閉館時間となった。その帰り道、絶妙のタイミングで太陽の塔のライトアップを見ることができた。昼間には考えられない大勢の人が太陽の塔を眺めている。 というのも、ちょうど今日はイルミナイト万博 X'masの最終日。太陽の塔をキャンバスに見立てたレーザーペインティングが披露されていた。 太陽の塔のライトアップのことは新聞で目にしていたが、予想以上に大がかりだったので驚いた。一緒に見た友人も喜んでくれたのでよかった。写真を撮ったりしながら3回ほど眺めて、最後には満足して拍手をしていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ※それぞれの写真をクリックすると拡大して御覧になれます。 |
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GLOW
2011.12.22(Thu)
![]() 16時42分撮影。 大阪駅前の 横断歩道にて。 昼前に母と待ち合わせて食事をする。今日は中華。 「クリスマスの食事ということで」とちょっと贅沢なコースを頼んだが、どれもおいしかった。ここ数年で、わたしが気に入っていた店がどんどん姿を消してしまって往生しているだけに、安心して訪ねられる店があることにほっとする。梅田は賑やかでたくさんお店があるけれど、そのたくさんの中から「よい」店を探すのはとても難しい。 店内の大きなスクリーンには、イタリア人で盲目の歌手のアンドレア・ボチェッリさんのクリスマスコンサートの映像が流れていた。わたしは彼のことを知らなかったので、給仕の方に色々と教えてもらった。(お店が忙しくなる前だから訊けたこともあるけれど)丁寧な返答の印象もよいけれど、即答できることに感心した。簡単なようでいて、案外そうでもないと思うから。些細なことだけれど、きちんとお店のことを把握している人でないとできない。 食事のあとは買い物をして実家へ。 母の作業の手伝いをして、犬たちと久々に遊ぶ。 |
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ナニワ・サリバン・ショー
2011.12.21(Wed)
![]() 梅田ブルク7にて鑑賞。 そろそろ公開終了となることに気がついて、なかなか見るタイミングを得られずにいた清志郎さんの映画を観に行ってきた。平日の夕方なのに、大勢の観客がいた。 2001年・2004年・2006年の過去三回、大阪城ホールで開かれたナニワ・サリバン・ショーの映像を編輯したのが今回の映画版だ。でも、ただの編集版ではなく、ライブにゆかりのある人達が様々なキャラクターを演じて、三回分のライブをひとつの物語に紡ぎ直しているのがよかった。ほんのちょっぴりの出演なのに、みんな楽しそうで、いかに清志郎さんが愛されていたかを見たような気がした。 映画館なので大きな声だしたり手拍子を打つことはできなかったけれど、でも、新たな清志郎さんのライブを見たかのような満足感がある。 2006年の回は実際に大阪城ホールで楽しんだので、特にこの時の映像は懐かしかった。このとき初めて清志郎さんのライブをみて、ますます大好きになったことを思い出した。 この間の高野さんのライブのときに、先に映画を見ていた友人達があれこれ見所を教えてくれたので、はしゃぐ高野さんとか、高野さんの満面の笑みとかを堪能するだけでなく、仕事に打ち込む我らが宮川剛を見つける楽しみもあってよかった。 上映が終わったとき、会場内で自然と拍手が起きた。もちろんわたしも拍手をしていた。本当にごく自然なことだった。ひとつのライブを見終わった気がしたのは、決してわたしだけではなかったのだ。 |
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へろへろとはいえ
2011.12.19(Mon)
生徒のことならたいていのことは受け止められるのに、同じ大人同士のこととなるととたんに狭量になってしまうのはまだまだ修行の足りないことだなと実感する日だった。へろへろ。めんどくさい諸々にも鷹揚に構えられるようになりたい。
そんな日でもいいことが二つ。 職場1には、和歌研究に長く関わっていられる方がいらっしゃるのだけれど、その先生からいろんな刺激を受けられたこと。漱石の「こころ」におけるある漢語の問題についてから、典籍の話、鎌倉期における歌学の話などなど。気づけば2時間近く話し込んでいた。学期末の成績処理も終わって気楽な時期だからこそできること。先日いただいたお手紙のこともそうだけれど、「すごい人」(なんとも稚拙な表現だ)にパスを出してもらえることというのは、ただ嬉しいということだけで済ましてよいものではなく、そのパスに応えられるだけの努力をして、実際に応えていかねばならないから責任は重い。でも、幸せなことだ。 もう一つ。髭面の乙女の結婚が決まったこと。 大事な友人のひとりで、本当につらいときに支えてくれた人で、しかも彼自身のつらい時期も知っているだけに、わがことのように嬉しい。心からの祝福を。 あ、もう一つあった。 スペインはバルセロナにいる水泳部仲間が年明けに帰国すること。梅田で開いた壮行会以来なので、本当に久しぶり。会えるのが今から楽しみ。 そんなわけで、いいことは三つ。上々ではないか。 今週の授業が終わればいよいよ冬休みだ。 |























